千葉県房総半島の漁師たちを描いた、
明治の絵画海の幸(青木繁 1904年)」

この絵では漁から戻る全裸の漁師たちが、
豪快なタッチで描かれています。

かって千葉県房総半島の漁師たちは、
わらしべだけを身につけて海に出ていた。

この言葉を聞いた時は、
船上で海と戦うのに衣服は邪魔になる、
お守り代わりのわらしべだけ身につけて海に出る男たち。

そんな、
海と共に生きている漁師たちの無骨な気風を感じていました。

ところが漁師たちが裸だったのは、
イメージとかけ離れた理由がありました。

房総半島の漁師たちが裸だったのは、
漁師が服を自由に着られない身分だったからです。

街の通りを歩く時も全裸のままで、
地域の人達には普通の光景だったようです。

全裸は必要から生まれた風習ではなく、
暗黙の掟という圧力で服を着れなかったのです。

唯一身につけたわらしべも、
お守りや装飾のたぐいではありませんでした。

その結び方や切り方でどの網元に所属しているかを表し、
その場所で漁を行う漁業許可証でした。

わらしべが無いのに漁をすると密猟者ですし、
間違った結び方をすれば漁業許可証の偽造になります。

ちなみに、
わらしべは男性のシンボルに結んでいたようです。

寒い日等は網元から上着を貸してもらえるのですが、
その時も下半身は裸のままです。

房総半島の漁師たちは、
自分たちを取りまとめている網元に認められて、
一人前の漁師となった証として、
初めてフンドシの着用が認められ。

その時も先輩のお古のフンドシから始まり、
評価を上げる事で初めて新品のフンドシが着用出来ます。

今となっては断ち切るべき悪しき因習で、
近代化を目指していた政府としては服を着せようとしていました。

ところが、
とうの漁師たちが全裸でいることが当たり前だったので、
どうして服を着なければいけないのかという調子で。

1940年に撮影された写真にも、
全裸姿の漁師がおさめられています。

1960年頃まで、全裸にわらしべを身につけた姿の漁師がいたようです。